Art倶楽部(美術館巡り)の定例鑑賞会で、東山魁夷と日本の四季@山種美術館へ行ってきました。
山種美術館は以前に川合玉堂展に来ていらいの訪問で、約1年ぶりとなります。
東山魁夷は名前は知っていて、他の日本画の展覧会等で作品も見ているのですが、どのような経歴の人かも分かっていなかったため、今回の展覧会のため、少し勉強してみました。
以下、東山魁夷の経歴概略です。
〇略年表
1908年 横浜に生まれる
1926年 東京美術学校(現東京芸術大学)日本画科に入学
1931年 東京美術学校を卒業。卒業制作として『焼獄初冬』を描
く。研究科に進み、結城素明に師事。雅号を『魁夷』とす
る。
1933年 研究科を修了。国際航路の貨物船に乗り込み、渡欧。ベ
ルリン着。ベルリン大学内の外国人語学部でドイツ語を
学ぶ
1934年 3~7月にかけて、ヨーロッパ巡遊。第1回日独交換留学
生に選ばれ、ベルリン大学哲学部美術史科に入学
1935年 父危篤の知らせにより、帰国。
1943年 4~5月にかけて、中国を旅する
1960年 東宮御所の壁画『日月四季図』が完成
1964年 第7回新日展に『冬華』出展
1968年 東宮御所の新宮殿壁画『朝明けの潮』が完成
1975年 唐招提寺障壁画『山雲』『濤声』完成
1980年 唐招提寺障壁画『黄山暁雲』『桂林月宵』『揚州薫風』完
成
1995年 長野県木曾郡山口村(岐阜県中津川市)に『東山魁夷・
心の旅路館』完成
1999年 老衰のため死去
2005年 香川県立東山魁夷せとうち美術館が開館
こう経歴を見てみると、画家としては恵まれた環境にあったように思います。
2回も欧州へ留学し、ドイツ・イタリア等を巡り、ルネッサンスや西洋美術に慣れ親しむことができています。
本人にとっては、留学中の帰国を余儀なくされるなど不本意なところもあったかもしれませんが、当時、数年かけて留学できたこと自体が、恵まれていたと思います。
また、『青の巨匠』と呼ばれていることを初めて知りました。
唐招提寺や東宮御所での壁画を制作していたのですね。
東宮御所等の作品を見ると、『青の巨匠』と呼ばれるのも分かります。
明治以前の日本画の絵具と昭和年代の絵具との違いもあると思いますが、青色の多層的な表現は素晴らしいと感じました。
今回の展覧会では、こちらの『満ち来る潮』が皇居の壁画に近いモノらしく、立派なモノでした。
シッカリした安定感のある画面構成に、明るさがありながらも軽薄にならない青色の表現。
波濤と表現する銀色は、プラチナだそうです。
満ち来る潮 |
東山魁夷の画風を画集などで見ていくと、基本、風景画を続けていますが、初期・中期・後年といろいろと変化が見られます。
初期は師匠たちの影響もあるのでしょうが、基本に忠実な日本画という印象があります。
そこから、海外留学を経て西洋画的な風景表現も取り込みつつ、後年の独自の表現に変化していったことが感じられます。
やはり先に少しでも学習しておくと、鑑賞内容に違う視点が加わり、面白くなりますね。
今回の展覧会では、先の『満ち来る潮』以外では、こちらの『年暮る』と『白い朝』が印象に残りました。
年暮る |
白い朝 |
どちらも雪の白が印象的で、『年暮る』は夜景に降る雪が画面に静けさを与え、対として家々の明かりが暖かさと内に向かう内省的な雰囲気を描いているように感じました。
『白い朝』は画面のほとんどが白で埋められているのですが、湿った雪の感じが画面唯一と言える黒をあらわすトンビ?を引き立たせ、目を引きます。
また、トンビが背を向けているのが鑑賞者に向かってくる感じがなく、より画面に引き込む流れを作っていたように思います。
東山魁夷の作品には人間が全くでてこないので、その点については何か画家としての特徴があるのかもしれませんが、鳥でもいいので生あるものが画面にあると、それだけで存在感に違いが出てくるところが面白いところです。
2月は、『新印象派展 光と色のドラマ』@東京都美術館へ行く予定です。
スーラ、シニャックといった印象派画家の作品をメインに見ていくことになります。
スーラ等の点描画は小坊主の好きなモノで、ずっと見ていると飽きてくるのですが、色彩の豊かさが好きで、今回の展覧会も楽しみにしています。