展覧会レビュー、裸婦だけじゃない藤田嗣治をはじめて感じて多彩さに驚く『藤田嗣治展』@東京都美術館


概要

展 示:藤田嗣治展
鑑賞日:2018年9月
場 所:東京都美術館

評価

混み具合  辛い/1・2・③・4・5/快適
作品の数 少ない/1・2・3・④・5/多い
面 白 さ   退屈/1・2・3・④・5/面白い

構成

Ⅰ 原風景ー家族と風景
Ⅱ はじまりのパリー第一次世界大戦をはさんで
Ⅲ 1920年代の自画像と肖像ー「時代」をまとうひとの姿
Ⅳ 「乳白色の裸婦」の時代
Ⅴ 1930年代・旅する画家ー北米・中南米・アジア
Ⅵ-1 「歴史」に直面するー二度の「大戦」との遭遇
Ⅵ-2 「歴史」に直面するー作戦記録画へ
Ⅶ 戦後20年ー東京・ニューヨーク・パリ
Ⅷ カトリックへの道行き

感想

とにかくその時々で、画風がさまざまに変わっていく。
売出中の時期は、風景画・キュビスム画・静物画などいろいろな方向へ試行錯誤していたことが分かった。
パリへ留学中、日本人の画家としてどんな絵を売っていくか?、と考えたと解説にあったが、本当にいろいろな画風を試してみて、周囲の反応などを確かめていたのだろうか。
静物画「私の部屋、目覚まし時計のある静物」が評価され、画家としての基盤がつくられていったらしいが、30代で画廊と契約して生活が安定したことを考えると、早くに評価された方だと思う。
私の部屋、目覚まし時計のある静物 1921年

藤田嗣治というと、陶磁器のような肌をした裸婦というイメージで、この「横たわる裸婦」のような画風しか印象に残っていなかった。
横たわる裸婦 1922年

*個人的には、後期の「私の夢」に描かれる「横たわる裸婦」より、初期の裸婦だけが描かれる作品の方が好き。
私の夢 1947年

今回、パリ留学~晩年までの人生をみていくと、人物のディティールに藤田らしさを残しつつ、多彩な描きこなしのできる器用な画家だったのだろう。
竹久夢二ほどではないが妻も何人も代わり、ブラジル・アメリカなどと旅先で絵を売って生活していたという歴史も新鮮な発見。
パリの画家、裸婦の画家、戦争画でたまに責められる画家というイメージが変わり、人間としての多彩さを知ることができた。
晩年の宗教画は、人物が藤田節が強すぎるのと、宗教画を研究して形にしているのは分かるが、アジア人の描いたキリスト画という解説の通り、古典画の緻密さや精神性は形にできてなかったようだ。
絵を仕事にして世界を旅し、最後は再びフランスで自分の教会を建てそこに葬られるという晩年まで見ていくと、なかなかに人生を謳歌したのではないかと思う。
画風の変化を見ていくと一貫した表現のテーマがあったようには感じられないが、一貫性のなさもどこか軽やかさがあり藤田らしいという見方ができるのが、藤田嗣治の魅力なのかもしれない。

今回の一品(お気に入り)

中南米の旅先で描いたものだが、解説なしに見ると藤田嗣治と分からない。
 水彩だからか色合いの緻密さがあり、人物の土着な雰囲気がよく表現されていると感じた。
 ラマと四人の人物 1933年、水彩

チラシ