浴衣と日本酒in浅草橋


竹の輪 納涼会ってことで、行ってきました。
ルーサイトギャラリーin浅草橋


浴衣を作ったけど、着る機会がないのぉと思ってたら、いい具合に浴衣イベントが来ました
というわけで、ホイホイ釣られて行ってきました。
着付けや書道とか、いろいろワークショップやってたようですが、特に予約もせず茶と酒だけを飲みに会場へw
場所は浅草橋のギャラリーで、こんなところがあるとは知らなかった。
なかなか渋い建物で、この時だけかもしれないけど二階からは隅田川を眺めながらテラスで茶が飲めます。
隅田川を見ながら日本酒やコーヒーを飲んだのは初めてだけど、時間を忘れられます。
浴衣も着慣れなくて、あまり落ち着かないところを景色が癒してくれます。
なんせ、ちょっと前まで自分の浴衣姿に絶望していました・・・
浴衣を着れば、女性はちょっとエロスがupして、男性も粋な風情が出るはず(偏見という)なのに!
自分は、どうみても芸人(落語家)に見えてしまう・・・
オカシイ・・・浴衣を買うときはこれで自分も小粋なモテメンに変身だ!とか思ってたのに、厳しい現実。
他の人からも、真打になるまで頑張ってね!と励まされそうなくらいの芸人っぷり。
そんな自分に絶望した!
目から汗が出るくらい打ちのめされた小坊主の心も、隅田川の流れに目から出た汗も溶かしてしまおうと思うぐらい落ち着きます。

本当は書道教室とか、やってみたら良かったんでしょうが・・・字の個性的なことに定評のある小坊主としては、そんな勇気もなく。
タダで八海山の試飲が出来て、日本酒講座が聞けるって事で日本酒セミナーに参加することにしました。
八海山の協力ってことで、八海山の会社の方が説明してくれました。
現場の人の話は、実体験が入ってるぶん面白いですね。
日本酒の造られ方は、ある程度、日本酒が好きな人なら知ってることも多かったですが、八海山独自の工夫やコダワリが聞けて、今度から八海山を飲むときに楽しみが増えました。
といっても、小坊主はそんなに日本酒は飲んでないんでナンですがw
巷では焼酎ブームが去ってハイボールが流行ってるようですが、日本酒の好きな人もまだまだいるようで、日本酒から酒の世界に入ることになった小坊主は嬉しいです。
そう、これまで小坊主は醸造アルコールについて誤解?していたんですが、今回、謎が一つ解けました。醸造アルコールって、トウモロコシの蒸留酒だったんですね。
いや~、吟醸酒を飲むと酔いが酷いから、醸造アルコールって何か自分の体質と合わないブツが入ってるんじゃないの!って思ってました。
基本、小坊主はチャンポン酒に弱いんですが、吟醸酒は酔いがキツイ時があったんですが吟醸酒って時点で、ちょっとしたチャンポン酒だったんですね。
(安酒しか飲んでないからじゃないの?という、突っ込みは小坊主を隅田川では癒されないくらい絶望の淵に追いやるので、止めてください)
なので、今度から小坊主と飲むときは純米大吟醸を飲ませてあげるようにしてください。
喜んで、お供します。金は払いませんので、そこは、よろしくお願いします!

建築家とまわる建築散歩in国立西洋美術館など

毎度おなじみアートスクールで、建築講座に参加してきました。
その名も「建築家とまわる建築散歩」 講師は建築家(一級建築士)の岡村裕次さん

国立西洋美術館~国際子供図書館~法隆寺宝物館を巡ってきました。
まず、上野公園自体は江戸時代には寛永寺がありました。













図で見ると、今の上野公園がそのまま寛永寺の寺所だったのが分かります。
寛永寺は、天海を開山とする天台宗の本山になります。
徳川家とのつながりも強かったとはいえ、寺所の広さといい門~中堂~本坊まで一体となった大寺院だったようで、繁栄っぷりが半端ないw
なんか時代小説でも、寛永寺へ参拝に行くっていう話があったと思うけど、何で寛永寺がそんな出てくるのか分からなかったんですが、これを見て何となく分かるようになりました。
京都だと比叡山が都の鬼門(北東)を守るように、寛永寺に江戸の鬼門を守らせる役割をもたせていたようですね。
そのため、中堂や本坊の向きが江戸城の方面に向いているそうです。

















これが今の鬼門ロード。
戊辰戦争で燃えちゃったのは、残念というか時代ですかね
今度から、ここを歩くときは鬼門ロードを歩いているのだと思いながら、うろつきましょうw
で、まずは国立西洋美術館へ。
1959年に竣工した建物で、「ル・コルビュジェ」が基本設計したものだそうです。
今まで何度も来てたけど、建物の歴史は考えたことがなかったので、もう50年も経ってる建物だとは思いませんでした。
モダニズム建築の開祖的な人のようで、近代建築の巨匠だそうです。
建築史はよく分からんですが、古典(ギリシャ・ローマ)~ビザンチン~ゴシック~ルネサンス・バロック~折衷~近代へ流れます。
ほぼ、西洋美術史と平行しながら、それぞれの時代の様式が建築にも出ていると。
というわけで、ちょっと比べてみる。
国立西洋美術館は、コルビュジェのモデュロール(建築上の寸法基準)に基づいているとのことで、外壁や石畳に内部の高さもキッチリ決まってるんですが、装飾性がゴッソリ消えてます。
これが、モダン・クールってやつなんですかね?
個人的にはピロティって、新しかったんだろうなと思います。
近代以前の建物にはピロティがなくて、建物は外界と分断されて開口部が少なく光が入ってこない。
ピロティは半分建物内で、半分が外。
光も風もつつぬけ・・・あれだけ、壁でガッチリ建物を固めてたのから比べれば、開放感が違います。
コンクリートの柱で建物を支えるって、画期的なことだったんですねぇ。
ガラスも一面に使って、建物内と外部との繋がりが自由になって光も大量に取り込めます。
重い暗いゴテゴテしてる!って世界からの変わりっぷりが、凄い。
現代に生きてると、ガラスもコンクリートも当たり前なので、石造りと木造で世界が出来てた時代との違いが分かりにくくて、注意して見ないと何も気づかないまま素通りしてしまう。
国立西洋美術館なんて何度も来てるのに、建物自体に興味なかったんで何とも思ってなかったけど、いろいろ見てくと発見があります。
やっぱり歴史をベンキョーしないと、いかんのではないかと思う今日この頃です。
でも、18ビットの灰色の脳みそでは記憶力に限界が!
外部記憶装置が欲しいw
次は帝国図書館だった「国際こども図書館」
この建物、外観からじゃ分からないけど明治・昭和・平成と各時代に造られた部分が合体してるそうです。外観は国立西洋美術館と違って、まだまだ装飾性が色濃く残ってます。
縦と横の線の造り方に、ガラス窓の使われ方・・・国立西洋美術館と比べると重さを感じますね。
内部に入ると違いがそこかしこに見られます。
明治時代の扉には、「おす登あく」って書いてある・・・竣工したのが1906年(明治39年)なので、押戸ってなかったためらしい・・・
今の当たり前を常に当たり前と思ってはイケマセン!
階段にあるシャンデリアは、100年前のもの。
ちょっと遠くて出来具合が分からないけど、よく残ってるなと感心します。
しかし、それよりも面白かったのが1階にある子供の部屋にある世界をしる部屋。
かつての貴賓室・・・出来が違う!
天井の装飾に壁の漆喰、床の寄木といい・・・とても美しい。
壁の漆喰の美しさは、シルクのようです。
何度も丁寧に漆喰を塗り重ねていった職人の技が光ってます。
本当はそういう壁を保護するために、普通、壁に設ける本棚や展示スペースを部屋の真ん中にもってきたり、空調や照明を建具内に取り込んでる工夫に注目するべきなのに、貴賓室が面白くてそんなところばかり見てました。
しかし、100年来の建物が戦争や地震を超えて残ってるってのは、よく残ったなと思いつつ大事にせんとな~とも思います。
でも、建物って保存に手間がかかると思う。
コンクリートってすぐ汚れるし、風雨にさらされるから劣化も早そうだし。
文化財の保護って、大変ですなぁ。
最後が国立博物館の敷地内にある「法隆寺宝物館」
















自分、この建物の存在を知らなかったんですよね。
特に展覧会をやってるわけじゃないし、ノーチェックでした。
この建物、谷口吉生(MOMAを設計した)という方が設計したそうで、海外からも見学に来る人が多いとか。
しかし、これまた個性の強い建物でした。
モダン建築の粋らしいけど、隙というものが全くない。
ガラスや床のパネルの配置に全くズレがなく、基本、丸みを帯びた部分がありません。
柱もパネルも照明もすべて規定の位置が決まってて、遊びの余地がないのが特徴です。
館内のイスも床に配置すべき場所が決まってて、イスの足が納まる穴が造られてます。
こんな建物は、初めて見ました。
言われないと気づかないけど、指摘されるとまさにその通りで無駄を削って削ってシンプルさを追求した様子が伺えます。
人によっては、凄い無機質に感じるかもしれません。
後、展示室が面白い。
まず、展示物に解説がない。
展示物の名称も、ケースの横に書かれてて説明とか読まずにモノを見ろ!って意思がハッキリしてます。
展示の配置も、個性的。
人を回遊させようとか、考えてないんじゃないだろうか。
縦横きっちり真っ直ぐ!に決められた位置に配置されてて、ミリ単位でもずれることは許さん!という雰囲気です。
横から見るとガラスケースの並びが、まるで合わせ鏡のように無限に続くように錯覚できます。
展示物が仏像なので、なおさら独特の見え方がします。
なかなかここまで個性的な展示は、初めてじゃないかと。
反映されてて利用する人間の快適性とかよりも、まず設計者の思想ありきがここまでハッキリ明確になってるのが凄い。
ここが一番、インパクトありました。
おかげでしばらく、建物の隙間や縦横から目が離せなくなりそうです。
建築は奥が深い・・・マニアックさも美術とはまた違うマニアックさがあります。
面白いけど、着いていけるか心配w

谷中 圓朝まつり



谷中の圓朝まつりに行ってきました。
なかなかの人出で、寄席に出てる芸人さんが屋台をやってて、好きな人は楽しいでしょうね。
公式ガイドや団扇にサインもらいまくってる人がいたけど、嬉しいんでしょう。
祭り自体は、2002年から今の形になったようなので、新しい祭りではありますね。
もともとは噺家の方たちで、三遊亭圓朝の命日におこなう法事だったようで、奉納落語も師匠に奉納するので真面目というか、案外、地味な祭りだったのかもしれません。
それがファン感謝イベントになって、今のお祭りになって昔からのファンにとっては、だいぶ変わっちゃったなって印象かもしれません。
自分は知らなかったんですが、会場の全生庵は幽霊画が有名だったんですね。
祭りにあわせて幽霊画展をやってたので、見てきました。
顔や体が崩れた幽霊!って分かりやすいのもあれば、普通の女性画?と思えるものもあり、一口に幽霊画といってもバリエーション豊かです。
怖いというよりグロテスクだったり、愛嬌があったり・・・輪郭だけで描かれてたりと、画家がイメージをどう表現するかいろいろ工夫してるのが感じられます。
正直、色使いは抑え気味になるし、水墨画の山水画や人物画みたいなダイナミックさや存在感はないけど、個性の豊かさは十分すぎるくらいありますw
浮世絵の幽霊画と比べると、また、面白いと思います。
ちょうど、昼間のイベントやってたので、つい写真を撮ってしまったんですが・・・
こう凄い手作り感が、ホッとして楽しめます。
正直、TVなんかでやってるパンチの効いたお笑いが好きな方には、全く刺激が足りないと思うけど、寄席よりもさらにフランクで、適当になったところが魅力じゃないでしょうか。
学芸会というか、ある種の微笑ましさがあります。
そんなお笑いを求めるようになったとは、小坊主も年をとったせいかもしれませんw
別に昔から、そんな尖った笑いは求めてないんですけどね。


全生庵方面は、情報がなかったので相も変わらず散歩の達人を活用です。
あと、一部で流行ってるらしい江戸東京散歩・・・こっちも活用しました。
といっても、こっちは本当に街を歩きながら江戸時代と今の変わりようを確かめながら~ってスタイルなので、ややマニア向けになるのかな?w
少し位置がズレてる部分もあるけど、江戸時代の地図と比べながらあるくと面白い!
谷中霊園は本当は池だったっぽいな~とか、武家屋敷があったところが東大になってるので、江戸から明治~大正~昭和とかけて何があったか、想像したりする楽しみがあります。
街歩きに興味ある、紳士淑女にお勧めいたしますw
基本、ウィンドウショッピングとかあまりしないし、目的もなく歩くの嫌いなんで、反対にこういう楽しみがあると散歩も楽しくなりますね~

習作 皿




新作です。
今回は赤津貫入という土で作ってみました。
これまでは、赤土、白土で成型しやすい固めの土で作ってきたんですが、絵付けにチャレンジしてみたくて絵付けの出来るこの土を選んでみました。
赤土・白土よりは、柔らかくて成型に注意が必要らしいけど、今回はタタラでの皿にしたので、そこまで注意しなくても問題なかったです。
磁器ほど硬くなく成型しやすいけど、出来上がりの色は磁器に近い白さが出るようです。
今回は実験ってことで、いろいろ試してみたんですがなかなか微妙な出来栄えになってしまいましたw
上の皿は本当は、織部釉を吹き付けて全体的にうっすらと緑が広がるのを考えてたんですが、織部釉がほとんど映らないという結果になってしまいました。
ん~、原因は不明です。
ま、出来上がりまで結果が分からなくて思ったとおりにならないのも陶芸の面白みだと思うので、次こそ吹き付けを上手くやって出来上がりを楽しんでみたいと思います。





下のは、絵具で絵を描こうと思ったけど、そもそも画題を考えてなくて、夏だしな~なんてそのまま一気に絵具を乗せてしまった結果、こうなりました・・・
全くもって絵心のなさに恥じ入るばかりです
試してみたかったのが、赤の色合いが絵具でどうかわるのかです。
赤とピンク系を使ってみたんですが、ピンク系がそれほど鮮やかに出ませんでしたね。
後は青が思ったより強く出ました。
白地にこれだけ、強い青が出るとデザインによっては重くなってしまうので、案外、使い道が難しそうです。

今は同じ赤津貫入で、小鉢を作成中。
小鉢はまた、吹きつけと絵付けにチャレンジして、今度こそデザインを頑張ってみたいですね。
基本は鮮やかな色使いを目指したいですね。